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SANEDOME jotdown

大体週休一日

日数教・TOSS・数教協

Japan education math

 たまにはアイルランドじゃない話をしなければというピアプレッシャー的なものを感じたので日本の話をしてみる。

一瞬だけ心が通じた話

数教協と日数教、 それと言及もしたくないけど TOSS (僕が働いていたころは「法則化」) の実践と考え方の違いを意識して くれないかなあ。

腹ふくるる心地

数教協の立場で大切なのは、 形式的にイメージ操作をさせるためのシェマで、式じゃない。 具象物から半抽象物のタイルに対応させることと、 タイルを集めて整理したものとしての掛け割り図。

 おそらく震源地ははてなでも人気だったこれだろう。

6×8は正解でも8×6はバッテン?あるいは算数のガラパゴス性:プロジェクトマジック:ITmedia オルタナティブ・ブログ

 なんでまたこの話題が…と思いつつ、今初めて詳細を読んでみたら自分の子供が×をもらったからか。

 ところでタイトルにも挙げた3団体名でgoogle検索すると、今のところ下記のはてなダイアリーが上位に出てくるようになっている。

『かけ算には順序があるのか』を読んだ - わだいのたけひこのざっき

(形式化の試みについては,俺数教協(4. 『かけ算には順序があるのか』に適用すると)をどうぞ.)

 何やら気になる文字列が…

俺数教協 - わだいのたけひこのざっき

1. 「俺数教協」って何?

「俺数教協」とは,自分の数学教育協議会に対する理解,イメージのことをいいます.

ここでの「俺」は,プログラミングで,例えばstrcpyと同等の関数をmy_strcpyとして定義するときの,「my_」に相当します.「俺なになに」を,その場限りの,ある意味を持った単語として,あとで使用しています.

 アッー

 まあそれはいいとして、これが冒頭の誤解を招いた癌であるらしいような何かの気配は察することができた。かつてMarvin Minskyが公理系を塑造するには冷たく硬すぎる観念の粘土と呼び、I wonder if it's dangerous to make our children think so much about arithmeticと危惧を表明したことを思い出させられたが、まさかわずか20年余りでさらに興ざめな教育への懸念が生じる(しかも数学の進歩自体はほとんど関係ない)とは想像もしなかったのではないかしらん。